研究活動
- ぼくがフィールドワークを主に行なってきたのは、東アフリカの赤道直下に位置するケニアの、その南部に暮らすマサイの人たちの社会です。サバンナが広がっていて雨はあまり降らず、マサイの人たちはそこでたくさんのウシを飼いながら暮らしてきました。一方、地域の中心部には国立公園があり、数多くの野生動物が生息しています。毎年たくさんの観光客が野生動物を見るためにそこを訪れ、莫大な額のお金を落としていきます。
この地域ではこれまでに、マサイの人たちを対象とする開発援助と野生動物を保護するためのプロジェクトが、政府や国際機関、NGOなど様々な組織によっていくつも取り組まれてきました。そんなフィールドでぼくは、これまでに以下のようなことを調べてきました。
- ①マサイの人たちの開発援助に対する考え
- 開発援助のプロジェクトのほとんどは、地域の外に住んでいる、マサイではない人たちによって計画・実施されています。そうした時、プロジェクトが常に成功しているわけではないし、マサイの人たちがプロジェクトの成功を本気で望んでいるともかぎりません。
外部の人たちとマサイの人たちの間には――そして実はマサイの人たちの間にも――どんな開発を実現するべきなのかという点について、大きな考えのずれが存在しているのです。多くのマサイの人たちが望む暮らしとはどんなものなのか? それは外部者ないし援助者が考える開発とどのような点でずれているのか? これがぼくの研究の根本にずっとある問いです。 - ②マサイの人たちと野生動物の関係の変化
- フィールドを歩いていると野生動物に遭遇することがあります。ライオンにはまだ出会ったことがないですが、ゾウやキリン、シマウマ、ガゼル、イノシシ、ダチョウ、カバなどは何度も見かけました。野生動物は国立公園の中だけにいるわけではなく、マサイの人たちは昔から野生動物と共存してきたのです。しかし、その関係は20世紀以降に大きく変わりました。
たとえば昔は、ライオンは若者の狩猟の対象でした。今はライオンは保護の対象で、それを狩猟することは犯罪です。このようにマサイの人たちと野生動物の関係は変化してきたし、マサイの人びとの野生動物に対する考えも変わってきました。昔の関係はどのようなもので、そしてそれはいつ、何をきっかけとして、どのように変わってきたのか? それを調べることで、人間と野生動物の共存というものを考えてきました。 - ③マサイの人たちの伝統文化に対する考え
- 開発について意見を聞いたり(①)、かつての野生動物との関係を聞いたりする中で(②)、「今を生きるマサイの人たちが、これからも守っていきたいと思う文化ってどんなものなんだろう?」「マサイに人たちにとって、『伝統を守る』とはどういうことなんだろう?」ということが気になってきました。
今日のぼくのフィールドでは、すべてのマサイの人が開発を望んでいるといっても過言ではありません。ただし、ここで注意しなければいけないのは、開発を望むということは伝統をすべて捨て去ることを意味しないということです。マサイの人たちは、自分たちの伝統文化にとても誇りを持っています。年齢や性別、職業、経歴などが異なる様々なマサイの人に話を聞くことで、マサイの人たちにとって本当に大切な伝統とは何なのかを考えています。
受賞・表彰
- ヒトと動物の関係学会奨励賞
- 2010.03.07
- 第16回 ヒトと動物の関係学会 学術大会
- 表彰主体:ヒトと動物の関係学会
- 受賞対象活動名:研究発表
- 日本アフリカ学会研究奨励賞
- 2016.06.05
- 第28回 日本アフリカ学会 学術大会
- 表彰主体:日本アフリカ学会
- 受賞対象活動名:著書(『さまよえる「共存」とマサイ─ケニアの野生動物保全の現場から』新泉社、2014年)
将来の展望
これからもケニア南部のフィールドをくりかえし訪れて、その時々のマサイの人たちの生活の様子を記録し、マサイ社会がどのように変わっていくのか(いかないのか)を考えていきたいと思っています。それと同時に、アフリカにかぎらず世界のいろいろな国や地域を訪れて、この地球上のさまざまな人間社会の中でマサイの人や社会がどんな特徴を持っているのか、そこからどんなことを学ぶことができるのかも考えてみたいとも思っています。もちろん、世界の中には日本も含まれます。自分が生まれ育った日本についてまだまだ知らないことも多いし、行ったことがない場所もたくさんあります。マサイ研究をローカルに深めながら、視野や思考はグローバルに拡げていきたいです。
こうした研究者としての思いとは別に、大学教員としての思いもあります。それは、自分の興味に基づいてフィールドワークをやってみたいという学生がいたら、それを励まし、手助けをして、フィールドに飛び立たせたいということです。もちろん、大学生じゃなくてもフィールドワークはできます。でも、大学生の間だからこそできるフィールドワークもあると思います。自分の経験も含めて、フィールドワークの魅力を若い世代に伝えていきたいと思っています。